焼肉

もう何年も前から、焼肉屋のバイトが土日限定登板なのは、何も部活が忙しかったせいばかりじゃなく、開店3ヵ月後に襲ってきた、国内牛のBSE(狂牛病)問題によって、一気に客足が落ちた、というのが、むしろ大きい。
平日の売り上げが、一桁台に落ち込んだ。暫くして、客足が回復しかけても、また一頭、病気の牛が発見される始末だった。
折悪く、日本全体の、先の見えない不況への落ち込みと、時期が重なった。崖っぷちに立たされた上島が、寺門に向かって「絶対押すなよ!」と言っているようなものであった。
寺門は押した。お約束通りに。
商品の大半を担う、その国からの牛肉の輸入停止によって、焼肉業界は絶体絶命に追い詰められた。




とはいえ、全ての焼肉店がそうだったわけではない。地盤沈下は業界全体で起こったが、必死の営業努力の結果、その沈下を最小限に食い止めた店舗の話も、聞かないわけではなかったのである。
うちの店は、大多数の例外に漏れず、大幅な沈下を食い止められずにいた。
経費削減という、もっとも安易かつ効果的な対策が打たれた。必然的に、P/Aのシフトは激減する。収入のない仕事を続ける馬鹿はいないので、人が次々と辞める。たまに、何の間違いか、客がドッと入ると、たちまちパンクする。客の要望にサービスが対応しきれないから、当然いい印象を持たれない。リピーターも増えない。
悪循環であった。
平日は、ディナー*1の時間帯ですら、キッチンとホールにバイトが1人ずつ、という体制が普通になった。それでも対応できるくらい、客は減った。






そして、今月。平均株価は上昇し、日本全国程よい寒波とありえない大雪で、てんやわんやの騒ぎの中、米国産牛肉の輸入が再開された。
「日本が求める全頭検査は、科学的根拠が薄い。アメリカは牛がクソ多いので、面倒だしコストもかかるからそんなことやっていられない」
「検査方法は、科学的で信頼できる。世界各国でも採用されてるんだし」
「今まで米国で出たBSE感染牛は、いずれも生後20ヶ月以上の牛だから、生後20ヶ月以内の牛なら安全である」
これが、米国産牛肉輸入再開の主な根拠であったように記憶している。
この素敵な三段論法を旗に掲げた、消費者の需要と、生産と仲買と小売の圧力の合致が、病気への恐怖・抵抗感に勝った結果だろう。
に、しても極低確率とは言え、「食べない」以外に予防法も治療法もない病気を発症するかもしれない食材に対して、随分楽観的だな、というか、資本主義の原理や政治力や駆け引きを前にして、そこまで安全性が蔑ろにされるものなのか。自分でも左向きな思考だとは思うが。
感じとしては、河豚を食うようなものなのだろうか。
客には、席案内の時に米国産牛肉をさり気なく薦めているらしいが、売れ行きはパッとしない。
皿には、星条旗と日の丸をあしらったシールを貼って、万が一「米国産牛肉を誤って食べてしまった」という事態に対する予防線を張っている。*2
もっぱら、クレーマー対策らしいが。想定問答集、なんてのも配られて、物々しい警戒ぶりだ。







さて、今回の牛肉輸入に関して、新聞報道からは国内の畜産業者からの主張が出てこないように感じる。ただ単に目にしてないだけかもしれないが。
そう簡単に輸入量も伸びないだろうし、とりあえず静観、なのだろうか。
それとも、これが起爆剤になれば、相乗効果で国内産牛の売り上げも伸びると踏んでいるのだろうか。







米国産の、カルビ・ロース・ハラミを試食してみた。豪州産と比べると、やや柔らかい。そして、一番違うのは、やはり脂の量だった。ジューシーである。
豪州産も劣っているわけではなく、その肉質が合うような調理法・料理に供すれば、より美味しく食べられるのだろう。*3
メニューも一新されたが、これが果たして地盤を隆起させる力になるかどうかは、時を待つより他にしょうがない。

*1:一般的には、午後6時から10時くらいまで

*2:シールを貼っていないそれ以外は、豪州産かメキシコ産

*3:ジャポニカ米とインディカ米のように