人情武士道 と 一人ならじ

代表作と言われる、『樅の木は残った』『赤ひげ診療譚』『青べか物語』を読まず、この二冊だけで「山本周五郎の小説が好きだ」というのはおこがましいが、まぁ事実なんだから仕方ない、と。

  • 武士道

この二冊に収録された作品が書かれたのが、戦前(第二次大戦末期)のせいもあってか、いわゆる「武士道精神」の局地を体現するような登場人物が多い。
どうもその手の方面を警戒しがちだが、しかし戦前は、こんな精神が価値観の基準だったんだよなあ、と思うと、昨今との違いに驚かされる。
誇り、信念に迷わず命を賭す。主君に捧げる尽忠。間違いなく時代遅れと蔑まれる今にあって、しかし燦然と輝きを放つ。

剣客商売の時にも描いたが、山本周五郎作品にも萌えが存在する。「大和撫子萌え」「女武者萌え」である。
大和撫子」は、家父長制が崩壊した今の日本にあっては、絶滅危惧種と言っていい。戦前の、まだ家父長制度が機能していた時代に発表されただけあって、山本の描く女性は万事控えめだ。言えば、夫の後ろを三歩下がって、だがどんな艱難辛苦も共に耐え忍んで、付いて行くような。
舅に離縁を言い渡されながらも、「父と家を頼む」という夫の言葉を信じ、敵が攻め寄せようとする嫁ぎ先へ再び赴く女。*1
愛用の長巻を引っ提げ、夫と桶狭間へ切り込む女。*2
剣の腕はあるがだらしない主人を叱り付け、立ち直らせる女。*3
武家という男社会の中にありながら、ただ守られるだけではなく、女性を描いている。(そういう女性ばかり描いているわけでもないが。)

  • この中で好きなのは

『一人ならじ』
三十二刻
さるすべり
薯粥
兵法者
青嵐
茶摘は八十八夜から始まる
『人情武士道』
曾我平九郎
癇癪料二十四万石
風車
驕れる千鶴
武道用心記
しぐれ傘
竜と虎
大将首
人情武士道


ああ、人情武士道の方がやっぱり多い。

一人ならじ (新潮文庫)

一人ならじ (新潮文庫)

人情武士道 (新潮文庫)

人情武士道 (新潮文庫)

*1:三十二刻、『一人ならじ』

*2:曾我平九郎、『人情武士道』

*3:風車、『人情武士道』