インド 11月5日


バスはまずまずの混み具合だった。
車掌が通路に立つ客を掻き分けて、料金を回収し、切符を切る。人と人との距離が近いせいか、インド人や黒人の、南方系人種独特の体臭が、ツンと鼻を突いた。
「戻ってこないね、Rs30」
「どうなってんだ?」
クトゥプ・ミナールまでの料金は、1人Rs10。Rs50渡せば、釣りとしてRs20戻ってくる計算なのだが。車掌はシレッとして切符を切り続けている。
「オイ!返せよ!Rs30」
山田FBの抗議で、車掌は漸くRs30を差し出した。「ああ、忘れてたわ」くらいの態度。すごいな。
「車掌って、歩合制らしいからね」
いくぶん怒気の籠った口調で、山田FBは言った。
つまり、乗せた乗客の数が、収入に比例してくると言う。
バスに乗降車を告げるブザーなんて物は勿論ついてはおらず、行き先も良く分からない。車体のフロント部分にヒンドゥー文字が並んでいるが、読めなければ、書いていないのと同じことだ。
周りにいるインド人に聞き、車掌が叫ぶ行き先を聞き、更に車掌に聞く。
車掌は乗車口から半分身を乗り出して、停車場と思しき地点でバスの行き先を喚き散らすのだ。
この日は、丸々デリー観光に費やされることになっていた。
クトゥプ・ミナールから、ガンディー・スミムリティ博物館、インド門、ラージガート、ラール・キラー、ジャマー・マスジットをグルっと巡る、という手筈だ。
山田FBから軽くヒンドゥー語について*1レクチャーを受けていると、なにやら真横が騒がしい。車掌が、乗客の1人と言い争っている。
「車掌が釣り誤魔化したんじゃないの?まぁ、インド人が手を出すことは滅多にないから…」
山田FBが喋り終わらないうちに、乱闘が始まった。
乗客が車掌の首根っこを掴んで、パンチの雨霰。車掌も必至に応戦する。
「うわ。ヤバいヤバい」
ヒンドゥー語を書き込んでいた手帳を、慌てウェストポーチにしまう。日記も兼ねているので、これに何かあったら一大事だ。
手帳をモタモタ片付けている間にも、乱闘は止まる気配がない。
「もう止めとけって!」
原因は分からないものの、この満員に近いバスの中で暴れられれば事だ。山田FBが止めに入る。周りのインド人も仲裁に入る。
引き分けられても、なおも罵りあう二人。
何も解決した気配はないが、とりあえず二人は引き離されて、バス内に平穏が戻った。
「車掌が釣り誤魔化したんじゃねーの?」
バスの外に、クトゥプ・ミナールらしき塔の先端が見えた。
「降りるよ」
再びバトルを始めた2人を尻目に、バスを降りる。

クトゥプミナール


イスラム王朝によって立てられた、ヒンドゥー王朝に対する勝利を記念する塔である。高さ72.5m。インド人*2観光客も多い。

隣にある廃墟のモスクには、4世紀に立てられて以来、錆びたことがないという、不思議な鉄柱がポツンと立っている。

塔の彫刻は、コーランの文句が図案化されたものが使われているという。

*1:1→エーク、5→パンチ、10→ダス、こんな感じだ。

*2:もしくはバングラ人かパキスタン