馬は斃れる捨てても措けず

つーのは「雪の進軍」の歌詞の一節で、これを聞くたびに、高倉健北大路欣也の顔が俺の頭の中でフラッシュバックするのである。


「えーと、確か映画の方の動画も…」と探したんだが、どうやら消されてしまった模様。DLしといて良かった。
元々最初に見たのは、大学の視聴覚ルームにあった、映画の「八甲田山」で、見ようとした切っ掛けは…なんだったかな。忘れてしまった。






八甲田山 完全版 [DVD]

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ロシアの満州南下にともない大陸での開戦不可避と見られた1902年、厳冬期の満州平野での装備品の研究および行軍調査・予行演習を目的として友田少将は、冬期八甲田での雪中行軍の実施を歩兵第5連隊と歩兵第31連隊に提案(実質的には命令)した。会議のあとに児島大佐と津村中佐はどうせなら八甲田ですれ違う行軍計画にしようと同意する。そして出発前、弘前の徳島大尉の私邸で勉強会を終えた徳島と神田は、雪の八甲田での再会を誓い合った。

しかし、神田の歩兵第5連隊雪中行軍隊は、単なる雪中行軍調査のための随員で指揮権のないはずの大隊本部・山田少佐の口出しによる指揮系統の混乱で遭難。徳島との再会を果たさず、遭難の責任を取り、神田は舌を噛み切って雪中で自決した。

神田の遺体は収容されたが、その霊は雪中で徳島を待ち、二人は雪の八甲田での再会を果たす。もちろんこれは過酷な寒さによる徳島の幻想で、後に歩兵第5連隊の遺体収容所において徳島は収容された神田の遺体と対面し、神田の妻の目前で号泣する。

結果的に、歩兵第31連隊雪中行軍隊は負傷者1名を汽車で弘前に帰した以外は全員八甲田を無事踏破し生還を果たした。一方、歩兵第5連隊雪中行軍隊は大隊本部の倉田大尉の引率の下、12名しか生還することができなかった。その中には人事不省のまま生還した山田少佐もいたが、彼は遭難の責任をとり、病室において拳銃で心臓を撃ち抜き自殺した。

とにかく出演陣が豪華の一言だ。
大滝秀治高倉健丹波哲郎藤岡琢也前田吟北大路欣也三國連太郎加山雄三小林桂樹緒形拳加賀まりこ秋吉久美子菅井きん…俺でも知っている日本映画の名優(死語?)達がズラリと揃っている。
映画版は原作に忠実な作りで、寡黙でいかにも職人的な軍人の徳島大尉、神田大尉のいかにも日本的な「上に引きずられる部下」の悲愴な姿、視界を遮る吹雪…発狂するほどの温度…という冬山の苛烈な環境、小説版の「映像化」にしっかりと成功している。見ているこちらの方が、八甲田という地獄にいるような感覚に囚われて、ゾッとするような寒気すら覚える。
映像作品にする上では、各エピソードが抽出され、より印象的なシーンに仕上がっている。その分、ニュアンスで説明するような箇所も多い。




映画版を見てから、新田次郎の原作、八甲田山 死の彷徨を読んだ。
今回エントリにしたのは、なぜだか分からんが学校の図書室に納められていて、それを再読したから。

ノンフィクション小説として扱われることも多いが、実際には、事実を題材としながらも作者自身の解釈や創作が含まれるフィクションである(登場人物が実名となっていないことからも分かる)。
作品中では青森第5連隊と弘前第31連隊が共通の目的の下に協調して雪中行軍を計画したように描かれているが事実ではない。実際には双方の計画は個別に立案されたもので、実施期日が偶然一致したにすぎない。
また、作中で描かれる双方の指揮官の交流も新田の創作であり、両隊になんらかの情報交換があったか否かについては、現在残されている資料からは確認できない。人物描写の都合上メインとなる神田大尉と山田少佐の描写も神田大尉寄りにかなり脚色されている。

新田の描写は淡々としていて、そして淡々としている分、余計に恐怖が増す。極限状態におかれた中で、互いに疑心暗鬼となり、兵達は徐々に「壊れて」いく。第5聯隊では、倉田大尉だけが、唯一奇跡的に正気を保ち続けるが、あとはほぼ全員寒さと狂気に蝕まれ、全滅していく。
結局のところ、青森第5聯隊と弘前第31聯隊の結果の差は、

  • 冬山に関する認識の差
  • 指揮系統の混乱
  • 指揮官能力

の三つに集約されると思う。例えば、第31聯隊では案内人を立て、宿泊には民家を頼り、装備も完璧に整えて最悪の環境にも備えたのに対して、第5聯隊は事前調査の段階での好天が却って災いし、指揮官から末端まで、雪山に対する恐怖心を持てず、温度対策も甘かった。
指揮系統と指揮官の能力は割とイコールで、とにかく山田少佐が「軍人として欠陥はない」人物であるにも関わらず、冷気に当てられたのか、指揮官である神田を差し置いて指揮権を分捕り(にも関わらず責任の所在は曖昧である)、挙げ句に支離滅裂、朝令暮改の命令を繰り返して部隊を全滅に導く。
後半で、雪山の恐ろしさを知る村山伍長が「俺はもう勝手にやる」と上層部の無能にぶち切れて単独行動を取る(映画版)。軍隊では異常と言える行動だが、死への階段をダッシュしているのが明らかにも関わらず、これに盲目的に付いて行く兵よりは余程「人間らしい」行動で、「こんな有様じゃしょうがねーよな」と思う。
むしろ山田少佐を(事故にでもかこつけて)さっさと殺すか、腹を切ってでも部隊の崩壊を止めるべきなのに、そうしなかった神田の方に、軍人の哀れさというか、お上の言うことに逆らえない日本人的な性、人間的な思考の停止を感じる。もちろん、神田は神田で、自分のできる範囲のことを精一杯やって死んでいくのだが。
そもそもこの雪中行軍の発案からして、責任の所在が曖昧で、打算と駆け引きの産物であることを考えれば、第5聯隊の悲劇は、悲劇を通り越して喜劇としか言いようがない。

八甲田山死の彷徨 (新潮文庫)

八甲田山死の彷徨 (新潮文庫)



夏に映画版を見て、そして小説版も読めば、背筋がスーッと凍ること請け合いの作品。