自転車 8月4日

7月終わりに梅雨明け宣言されていたが、本格的に気温が上がり、夏らしい天気になったのは、まさに出発した日からだった。
この日も、朝から太陽が照りつける。
人通りも車の通りも疎らな街を抜け、再び4号線に乗って北上。本日の目的地は仙台。120kmの強行軍だ。
前日から、両膝に若干の違和感を感じ始めていたが、一晩寝ても回復せず、特に左膝の痛みがなかなかシビアなことになっていた。足を引き上げる動きと、左右に力のかかったとき、顔をしかめるくらいの痛みが走る。
薬屋…は出発した時間ではまだやっていないので、騙し騙し進むことに。予定では10時頃福島市街に入ることになるので、そこでサポーターを買おうと決めた。
しかし暑い。福島市街に入るまで、バイパスはアップダウン、特にアップが連続して続くことになる。大した勾配ではないが、これも地味に膝に効いてくる。
自転車に乗っていると特にだが、アスファルトの質のバラつきに不満を感じずにいられない。道路のできた時期はまちまちであるし、舗装をする業者も同じではないから仕方ないのかもしれないが、人力で車輪を漕ぐ身としては、アスファルトの質が統一されているのに越したことはない。もちろん、良質な方に。
肌理の粗いアスファルトは、下り坂でもスピードが出ない。フラットな道ですら、走るのにかなりの労力を必要とする。肌理の細かいアスファルトなら、タイヤが路面をしっかり噛んで、上り坂でもグイグイ行ける。
もっとも走りやすいのは路肩の白線上だが、車との距離を考えれば呑気に走っているわけにもいかない場所だ。
大学病院のある丘を越えると、視界が一気に開ける。盆地に家がギッシリと詰まっている。
福島は奇妙な街で、街のど真ん中に小高い山がデンと存在する。こんな邪魔なモンがあるにもかかわらず、よく街を作ったなと思う。
北関東〜東北南部によく出店されているドラッグストアは、ツルハドラッグかカワチであるが、市街北部のカワチでサポーターを購入した。「大丈夫か、こんなもんで…」と思いつつ、試しに1本購入。
左膝に装着してみると、意外と圧迫感がある。サポーターバージンだったが、痛みがかなり軽減されたのには驚いた。
福島市街を過ぎると、宮城県境に向かってまた緩やかに登っていくことになる。
4年前と同じ場所で桃を買い、実家に送った。ここ最近まで日照不足で、桃の生育も良くなかったそうだ。中一で始めて自転車旅行に出たときの目的地は福島で、その目的は「桃を買うこと」であった。今考えてみると福島とは奇妙な縁である。





走行中の嫌なこと、というのは数多く存在するが、パンクの兆候ほど嫌なものはない。何かしら理由がハッキリしている場合、例えばガラスが飛び散っている上を通り過ぎたとか、少し高い段差を気付かずに容赦なく着地した場合、空気が勢いよく「シューっ」と抜けていく音がして、「あー、やっちまった」と思うときはまだいい。
一番イライラするのは、「なんだか道路の継ぎ目とか段差が、振動でよく感じられるな」と徐々に気付いていくときだ。「パンクかな?いやいや、まだそうと決まったわけでは…」空気の抜け方が緩慢だから、パンクが原因なのか、それとも無数の段差を上り下りしたせいで自然と抜けたのかで迷うことになる。もちろん、いい事態は後者で、とりあえず空気を入れて様子を見ることにする。
県境の3km程度手前から、ハッキリした勾配が始まる。この程度の坂なら何百回となく登っているが、慣れるということはない。
今までの経験を思い出して、相対的な比較からキツさを紛らわせても、今現在の絶対的なキツさは誤魔化しようがない。
しかも、またハッキリ分かるくらい空気が抜けている。正真正銘パンクだ。嫌になる。
県境を越えてすぐ、高速の高架がかかって日陰になっている場所があるのを覚えていたので、再び空気注入。なんとかそこまで粘ってもらうことにする。
対向車線から、爆音が聞こえた。バイクのロングツーリングの一団だ。次々と手を上げて走り去っていく。こちらも手を振って答礼。
自転車でツーリングする人たちはもちろんだが、バイクツーリングの人たちの中にも、自転車に連帯感を抱く人が結構いてくれたりする。これも、ロングツーリングの人たちに聞いたことがないので、定かではないが。去り際に腕を掲げるのは、「頑張れよ」「そっちもな」的な挨拶・激励だと、自分は勝手に解釈している。これが、旅行中は結構効く。この奇妙な共通感情というか、連帯感に、思わず嬉しくなってしまう。
無事宮城県に入り、休憩を兼ねてパンク修理をすることにした。

騙し騙し走ることも考えた、が、手間を考えても、精神衛生を考えても、ここで完治させておいたほうが得なのは明白である。
昔は修理キットでチマチマ修理していたが、最近は予備のチューブを持参して取り替える方法に切り替えた。手間もかからないし、パンク修理が1時間かかるのに比べて、30分弱で済む。

後輪を外し、タイヤをずらして、チューブを引っこ抜く。車輪を回しながら、タイヤの内側を触診。パンクの原因になったものが、まだ刺さっているかもしれない。それを見逃すと、同じことを二度繰り返す羽目になる。触診では一応異常はなかったかせ、念のためタイヤも完全に外して内側をじっくり観察。すると、タイヤから飛び出す一本の棒がある。「木かな?」と触ってみると、明らかに固い。
普段目にする針金より、更に細い鉄の棘のようなものが刺さっていた。原因は、これにほぼ間違いない。棘を引っこ抜き、チューブを取り替えて空気を入れ、後輪を元に戻して、修理完了。
県境の街、白石市までは下りが続く。今まで必死こいて稼いできた高度が、あっという間に減っていくと、風を切る爽快感と、空しさが入り混じった妙な感覚に囚われる。
途中で、地方には似つかわしくない、本格的なサイクルショップを発見。ガス圧式の空気入れがあるらしいので、それを使わせてもらおうと思ったら、「これじゃ入らないよ」との答え。変わりに、フレンチバルブ専用の空気入れを貸してくれた。
おぉ…!素晴らしく空気が詰め込める…今までにないタイヤの硬度に感動しつつ、走行再開。






仙台までは、平地をひたすら漕ぐ4時間あまりだった。4号線に別れを告げると、仙台市街へ。
さすが東北第一の都市、デカい。仙台七夕の前夜祭の前日、つまりなんでもないただの平日のはずだったのだが、街行く女性は浴衣姿が多かった。
カプセルホテルにたどり着き、荷物をしまって一風呂…アタタタタ。日焼けが痛い痛い。痛くて湯船に漬かれないくらい痛い。
仙台といえば…牛タンなのだが、そもそも肉を食う気分でもない。コンビニでじゃらんに目を通すと、どうやら味噌つけ麺が熱いらしい。一番近そうなお店を記憶して行ってみることにした。

むむむ…うめえ。しかし仙台に来てまでラーメンとは。
食ってる最中、同期のj主から電話がかかってきた。今は立派に秋田で警察官をやっているが、彼が大学浪人時代に通っていた予備校が仙台にあり、それを覚えていたので、どこの予備校だったか聞いて、写メでも撮って送りつけて、「ここどーこだ」的なことをやりたかったのだが…。
「何やってんの」
「いやー、仙台に来てんのよ。チャリで」
「マジかよ」
カプセルホテルの名前を告げると、「あ、俺の行きつけだった所だ、そこ」とのこと。風俗街の目の前のため、「どんなに疲れてても、夜の蝶々を漁りに行ってね…」、や、j主くんその表現オッサン過ぎ。
電話を切った頃につけ麺も食べ終え、ホテルに戻って3日目、終了。