人を信頼する、ということ。『岳』

日々の生活に追われていたり、なんだかんだ言いつつ金を使いたくなかったりしていたので、購読本の新刊が結構溜まっていた。
レビューは徐々に更新していく(つもり)として、まず最初は「岳」の9巻から行こうかなと。
ここ何巻かはさほど劇的な展開もなく、「大人しくなっちゃったなあ」と感じていたが、この9巻収録の話くらいから当たりが続いている。
…あ、7巻と8巻のことも書いてなかった。
えーい。まとめてっ!




岳 7 (ビッグコミックス)

岳 7 (ビッグコミックス)

劇的ではないが、味わいのある話の並ぶ7巻。
レギュラーの新キャラとして、入隊2シーズン目の阿久津が登場。最初は救助訓練で怖気づくなど頼りないが、三歩のアドバイスを受けて、意中の彼女に特攻する辺り、度胸はあるらしい。


  • 第7歩 頑張れる時

救難要請を受けた三歩とザックが、遭難現場に急行する様子を丁寧に描いた回。遭難した側だけでなく、救助に向かう側も死と隣り合わせで山を駆けなければならない、ということが分かる。
結局7時間かけて現場に到着したときには、要請を受けた時点では天候不良で飛べなかったヘリが、天候の回復とともに遭難者を収容中で、2人の努力は空振りに終わってしまう。
いつもは救助のクライマックスを描く「岳」だが、珍しく救助の裏側というか、「努力は報われなかった、でも、救助は成功した」状況を、爽やかに描いている。
「救助者を助けたい」「救助者が無事でよかった」そんな思いがあるからこそ「頑張れる」のだ。


  • 第8歩 心の山

自己責任論がまかり通る昨今、山に登る人、遭難した人に対して「なぜ、そんな危険な場所に行くのか」という、残念な問いを発する人が、少なくないようだ。
三歩はアメリカで、自らが送り出したパーティーが、稜線で落雷に遭い、全滅する場面に遭遇する。
三つの遺体を担ぎ下ろした三歩が目にしたのは、ジェニーレイク。湖は「どこまでもおだやかに澄んでいて」「山は信じられない程美し」かった。
三歩は言う。危険な山に行くのは、「山が好きだから」でも、なんで山が好きなのかは「分からない」と。
ただ、美しさと残酷さを併せ持つ「山」、それに魅せられ、人は惹きつけられる。人が人を好きになるように。
自己責任を振りかざす人間は、街を捨て、山に向かってみるといい。










岳 8 (ビッグコミックス)

岳 8 (ビッグコミックス)

ある意味一番レヴューがしにくい巻だな…改めて読んでみると。
レギュラーメンバーである、県警の山岳救助隊リーダー・野田正人の、ともすればクールに見られがちなキャラクターの、意外に熱い一面を描く。










岳 9 (ビッグコミックス)

岳 9 (ビッグコミックス)

いや、もうなんと言っても3話連作の「牧の山と空」でしょう。
4巻で初めて登場し、ヘリの運送会社・昴エアーのパイロット(ナビゲーター)として、三歩や久美たち山岳救助隊とともに、遭難者の救助に当たった牧英紀。
だが、昴エアーは、赤字を積み上げる救難事業からの撤退を決定。牧は移動を勧められる。
登場時から「クール」を通り越して、「冷酷」とも思えるような判断をしてきた牧の過去、彼がなぜ「山」にこだわり続けるのかが明らかになる。
要救助者の移送を、牧に依頼する三歩。拒絶する牧に、三歩は食い下がる。

北アルプスの山と空を飛べるのは、牧さんしかいないっしょ!!」

三歩は、牧を信じている。そのヘリの技術と、山と、救助に賭ける思いを信じている。
牧の妻も、彼を信じている。夫として、また職業人としての牧を。
かつて、牧が山に連れて行った後輩も、牧を信頼していたのである。だから、彼と一緒に山に入った。
そして、もう一人。

「オレも同感です」
「島崎君と、同感です」

食い下がった三歩と同じように思うのは、牧が今現在命を預け、隣に座るパイロット・青木である。
ここが最高に熱い。主要登場人物に隠れて、あまり存在感のなかった青木が、牧を信頼するが故に、静かに彼の後押しをするのである。
このやり取りに、涙が流れてくる。




最後に、あまり魅力的な女性の出てこない(失礼)岳にあって、その役を一身に担うのが、阿久津の彼女のスズちゃんだが、これが良い娘過ぎる。
救助の呼び出しでスズとの約束を反故にしっ放しだった阿久津が、意を決して非番を貫くことに決める。スズを気遣わせまいとする阿久津だが、彼女は言い切る。

「トシ君は私の彼で山の救助の人。」
「私、分かってるつもりなんですけど…」

…なんだ、この出来た娘さんは。可愛過ぎるし、羨まし過ぎるんだが。
石塚先生には、このまま別れる、なんて展開ではなく、是非2人がゴールインするまでを描いて欲しい、と切に願う。
にほんブログ村 漫画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 漫画ブログ コミックス感想へ
にほんブログ村